『Torus』: 人工と自然の<はざま>の音楽(1/3)

Yuta Uozumi
Nov 25, 2020

新しいアルバムが完成しようとしている。3枚目のアルバム。実はSjQは元々SamuraiJazzというユニット名だった。Samuraiってワード、SamuraiJapanなど今だとイメージが世俗っぽいワードなんだけど、90年代にはまだSamuraiという言葉はちょっと日本に対する海外のイメージを揶揄した感があってサブカルだった。その後、侍ジャズっていうジャンルというか潮流が別に出てきたりと、元の意図との食い違いが出てきてしまって、SjQに名前を変更した。僕はこの時にSjQのSは”Swarming” (群れ)に変わったと考えている。群知能¹、自律分散² などの新しいシステム構造を考える際のワードである。

内容・コンセプト
今回のアルバム制作に当たって思いついたのは、「SjQで実験してきた方法を極限まで研ぎ澄ます」ことと、「テクノロジーの透明化」という2つだった。

「新しさを透明化する」
まず、作品には、可能な限りテクノロジーや考え方など、新しい提案を盛り込む。具体的にはレコーディングやそのサウンドメイキング、そして演奏そのものを形成するインスタントコンポジション(IC)³ の技法などだ。しかし、テクノロジーの象徴となるような電子音や電子的な音の変調などは用いないようにする。あくまでも、聴取上は生の楽器が出す音、空間の響きなど自然なもののみで構成する。しかし、音楽的構造や、それを生み出す即興システム、サウンドメイキングには今SjQが見えている突端を織り込んでいく。こうすることで、シズル感のある電子音や映像といった華美な要素を用いず、SjQが持つ構造や技法に自動的に向き合えると思った。

つまり、「未来的な記号を使わずにどう即興演奏そのものをglitch⁴ させていくか」ということ。そのために基本的にレコーディングはワンショット、いわゆる一発録りで行う。音源制作というと、通常は多重録音のテイクを何度も繰り返したり、編集に時間をかける。その代わりに、即興を行う仕組みの調整を繰り返すことになる。

この手法でまず特徴が生まれるのは、ドラムやベースといったリズムだ。特にドラム。生のドラムなんだけど、グルーヴがglitchしている。人のようで人でない。機械のようで機械でない。機械のようで人。人のようで機械実際の楽曲にも、人が叩いたものと、人工生命達に生成させた物が混在している(何故そうなったかにはちょっとした物語があるので、次回)。

SjQjは、人と人、人とプログラム、そして、プログラムとプログラムが互いにコール&レスポンスを繰り返す中で音楽構造が立ち現れてくる。この際、演奏スキーマ(Scheme)⁵ と呼んでいる簡潔なルールを調整することで、間接的に作曲やパフォーマンスを進展させていく。

これが進化するきっかけになったのが、映像作家のKezzardrixが加わったプロジェクト「SjQ++」だった。演奏スキーマを視覚化可能なものに翻訳して、リアルタイムでステージ上の演奏者に投影する。演奏スキーマは、映像で用いられるアニメーションの放物線や運動方程式など物理的なモデルに変換される。例えば、あるオブジェクトが飛んできた演者のみが音を出せるというルールづけの場合、放物線の高さや速度など、動きのパラメータ変化によって即興演奏が干渉されていくことになる。結果的に映像とアンサンブルの反応が不断に織り込まれていく形により、映像主体でも音響主体でもない。作曲でも即興でもない構造が現れるというプロジェクト。2013年のアルスエレクトロニカ⁶ の音楽部門でAward of Distinction(準グランプリ)を受賞し、リンツで公演も行った。

SjQ++ , “symbols(s)” , Tokyo Metropolitan Teien Art Museum (東京都庭園美術館) , 2015

SjQ++は舞台的に洗練されたものが求められることが多く、その中で、SjQの音の方向性や理論もクリアになっていった。演奏が巻き起こるプロセスが可視化されるため、観衆への現象の共有はそれで済む。その分、音や演奏は必要なアプローチに気付け、それを研磨できた。具体的には、サウンドの超断片化、演者同士、演者とスキーマ同士による「見合い」による間など。

映像が演奏に干渉するという特殊な「環境」の中で進化してきたこれらの技法=特徴は、もはや映像がない状態でも十分に機能するようになって来た。だからこそ、次の作品で踏み出そうとするフィールドは、ジェネラティブな「映像」や「電子音」といったテクノロジーや先進性のイコンを排除して、どうやれば通常の旧来の楽器のマテリアルのみでSjQの音楽を構築できるかに定めた。

ジェネラティブな生演奏

SjQの演奏は「ジェネラティブ」(generative)である。ジェネラティブとは、環境や変数などのデータを元に、プログラミングなどの手続きによって生成される映像や音(あるいはそれ以外)のパターンのことだ。ここでいうプログラミングとは、必ずしもコンピュータによるものでなくても構わない。紙、カードや数字を使った簡単なルールづけや、道具を用いず頭の中だけの約束事でもよい。こういったプログラミングを用意さえしておけば、あとはその入力となる環境や変数が変わるだけで、それを反映した異なる音や映像などが無限に生まれる。入力とプログラミングの調整で、結果を100%固定せずに、かつ方向性を持った「生み出しかた」をつくることができる。今回のアルバムが目指すのも、音としては生楽器だが、その背後にはプログラミングが存在する「ジェネラティブ」な音楽ということになる。

現代音楽には、ミニマルミュージックとよばれる表現が存在する。作曲家としては、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒなどが有名だ。数小節のシンプルなフレーズを、各楽器演奏者が繰り返し演奏する。各演奏者に与えられるフレーズは長さが異なる。つまり周期が異なるので、演奏が続くとどんどんズレが生じ、時に同期する、複雑にそして延々と聴いていられる体験が生まれる。いわば音楽上の「モアレ」である。

ダンスミュージックなどにも見られるように、ランダムになりすぎない適度な「ズレ」は、シンプルな構造でも、音楽を延々と聴いていられる体験をつくることができる。SjQ++のパフォーマンスの最中、映像を介した演奏者のやりとりで、不定形な「間」、つまり「ズレ」をつくりだすことで延々と聴いていられるグルーヴが生まれる時があった。これを関係者内では「廻りだす」と表現した。感覚的な表現だが、演奏が奏者一人一人の手を離れて、生命のように自律的に動きだす状態がある。これを生演奏に応用して、ミニマルミュージックの循環による「ズレ」とは異なる、不定の間( = glitch) ⁷ による「ズレ」を用いた体験を作り出せないか、という実験。過度な展開や情感を用いずに、延々と聴いていられる「ズレ」をジェネレートする。これが今回のトライすべきテーマだ。

(つづく)

[1] 群知能:コンピュータのようにCPUで中央集権的に情報を処理するのではなく、昆虫のように、「群れ」全体として一つの知能のように振る舞うシステムの総称。例えば、蜂や蟻の群れは、設計者や指揮者などは存在せず、互いにシンプルなフェロモンを用いたメッセージのやりとりと単純な反応を繰り返しているだけである。しかし、群れ全体としては環境変化に適応したり、合理的な構造を持った建築(つまり、巣)を作り上げたりと、知性的な行動を行う。このような例は、群知能研究ではこれを模倣し、今までは取り扱いが困難だった、複雑な問題に対処しようと、アプローチが続けられている。

[2] 自律分散:人間は、物事を理解する際に、まずその内容物を大きなカテゴリに分け、分けたそれぞれをさらに小さなカテゴリに分け…ということを繰り返すことで秩序を見出してきた。それは、分子や原子、素粒子などの科学の例を考えてみるとわかりやすい。この秩序構造は、よく「樹木=ツリー」に例えられる。まず大きな幹があり、つぎに枝、より細い枝、葉、葉脈というように文節していく。この考え方を我々は組織やシステムにも用いている。幹にあたる部分にCEOがいて、その下に部長、課長…ヒラ社員のようにピラミッド構造になっている。自律分散は、これとは異なる考え方で、「根茎=リゾーム」などに例えられる。根茎は地中で複雑に絡み合っており、上位・下位の概念はない。このように、それぞれの要素が互いに一定の独立性を保っていて、自分で自分のことは判断する。しかし、互いに情報交換や反応をすることで全体としても成立するシステム。特徴としては、世界の状況が変わっても、臨機応変に対応しやすい。例えば、窮屈な会社組織は、管理統制はしっかりされているが、天変地異などには弱い。マニュアルやルールを一時的に無視する判断がピラミッド上部まで伝達される必要があるためである。一方、優秀で相性のよい数人のグループやサッカーチームは、監督者なしに、柔軟に時に大きな存在を脅かす結果を引き出す。世界が予測不能になればなるほど、この特徴は活きる傾向がある。

[3] インスタントコンポジション:瞬間作曲の意。様々な考え方があるが、即興を演奏、変奏ではなく、瞬間的な作曲と見なして、そこに様々なルールづけを導入することで、即興でありながらもある種の作曲者として何らかの干渉を行おうとする態度、としておこう

[4] glitch:何らかのプロセス上に起こる非線形な乱れを意味する俗語。ここでは、コンピュータ上の通信やメモリ上の不具合によって、部分的にデータが破損することがあり、それを積極的に表現として用いる技法を指している。音響や映像などで用いられ、最近は3Dプリンティンなどの造形にも用いられる。glitchは多くの場合、不連続な変化を生み出す。しかし、元データの特徴を何らかの形で継承している事が多い。つまり、非連続だが、何か元の特徴を残している=「似て非なる物」という点が、ノイズとの違いだと筆者は考えている。音楽で言うと、音色の「似て非なる」変化、リズムであれば、時折リズム同志が絡みついたような「似て非なる」変化になる。今作ではリズム構造上のglitchを目指した。

[5]演奏スキーマ(Scheme): 一番シンプルで基本的な例としては、「アンチループ」というものがある。演奏者は野球や蹴球の「パス廻し」のように、1、2音ほど演奏すると、次の演奏を任意またはランダムの他の誰かに託す。次に演奏する者は、任意の長さの「間」を開けて次の同じく次の演奏を行い、また誰かに「パス」する。このルールで、アンサンブル全体で「ループ」する音楽素材を演奏しようとする。しかし、この方法だとそもそも演奏者間に共有されるメトロノームが存在しない状態で開始されるので、絶対にうまくいかない。この結果、リズムが時々に滞ったり、時に早送りになるようなglitchしたリズムが生まれる。これは変拍子的なアイデアで打ち込み、再現されるグルーヴと、根本的に意図も原理も異なる、自律分散[2]型のグルーヴである。

[6] アルスエレクトロニカ:[6] “Ars Electronica”は、オーストリアのリンツで開催されるメディア芸術の祭典。コンピュータアニメーション, デジタルミュージック、ハイブリッドアート、インタラクティブアート、デジタルコミュニティ、19歳未満などの部門がある。

[7] 間:間というより厳密にいうと「停止」の方がニュアンスが近いかもしれない。アンサンブル全体で刻むクロックが引っかかったり、一時停止するような感触。傷ついたCDやレコードの針飛びのような感覚質

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Yuta Uozumi
Yuta Uozumi

Written by Yuta Uozumi

電子音楽家、メディア芸術家。バルセロナ、ベルファスト、コペンハーゲンなど、国際的な公演を行う。2013年、「SjQ++」としてアルス・エレクトロニカ Award of Distinction受賞。慶應SFCにて特任講師、東京の制作会社にてシニアプランナー兼務。『産・学・芸』境界民。

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